欲しいのはウサギじゃないの
絶対ナイショの恋心
【欲しいのはウサギじゃないの】
「今日も綺麗な夕陽だよ、昴。貴方は今、どうしているのかな」
私は学生鞄についているウサギに向かって話しかけた。
ウサギの名前は昴。
プレゼントしてくれた人の名前。
こっそりつけちゃった。
だから、みんなにはナイショ。
「さて、と。帰ったら夕食つくらなきゃ。昴、何が食べたい?」
当然、返事は来ない。
だから私は携帯電話を取り出して、もうひとりの『昴』にメールをした。
坂道を下り、駅へ向かう。
改札を通る頃に、携帯電話が着信を知らせてきた。
『今日は遅くなるから先に食べなさい』
あーあ。残念。今日も独り。
「ねぇ昴、独りはつまらないよ」
昴の頬をつっついて文句を言う。
でも『昴』には言えない。
だって、私のために働いてくれてるの、わかっているもん。
ワガママなんて言えないよ。
近所のスーパーマーケットで適当に買い物をして、
玄関の扉を開けた。
右手にはウサギのぬいぐるみ。
数を確認して靴を脱ぐ。
ビニール袋を片手に、リビングに向かった。
そこにも、たくさん並んでいるウサギたち。
みんな『昴』がプレゼントしてくれたもの。
「ただいま、昴」
ソファに座っている大きなウサギに話しかけた。
「いま夕食つくるから、ちょっと待ってて」
キッチンで手早く食事を作ると、
ダイニングテーブルに並べる。
私のぶんと『昴』のぶん。
だけど目の前に座るのは『昴』じゃなくてウサギの昴。
「いただきます、昴」
私が生まれたときから、
家族は私と『昴』のふたりだけ。
『昴』は、私をずっとずっと育ててくれたの。
感謝してる…んだけど、最近なんかおかしいの。
『昴』といると、ドキドキするっていうか、モヤモヤするっていうか。
嬉しいんだけど、緊張するの。
『昴』はどう思ってるのかな?って心配になったり、
『昴』に笑ってほしくていろんなことしたり。
料理もそのひとつ。
前までは『昴』が作ってくれていたんだけど、
私が作ると『昴』はよろこんでくれるから。
これって恋?
そう感じ始めたのは、いつからだっけ。
イケナイってわかってるのに、止まらないの。
「大好きだよ、昴」
昴になら、こんなに簡単に言えるのに。
『昴』には言えない。
だって、だって、
「ただいま、葵」
あ、『昴』が帰ってきたみたい。
「おかえり、パパ」
執筆:2012年頃
初出:即興小説トレーニング
掲載:2013.06.21